ライオン・1

 洒落たカフェの一角で行われているインタビューに、店内の客が
チラチラと視線を投げてくる。天野大聖(あまの・たいせい)は、
そんな視線に動じることもなく、にこやかに質問に答えていた。

 顎ラインで切りそろえた髪に毛先だけ緩いウエーブを入れた茶髪
と『SAKURA』のメンズ服のモデルを務めたこともある180センチの
長身は一見、ホストのように見えるが、大聖は天才子役としてデビ
ューした演技派俳優だ。

 もっとも最近は、映画や舞台の脇役ばかりで、これと言った大
きな仕事はしていない。

「それでは最後に、天野さんの夢を教えてください」

「世界に通用する役者になることです。世界最古の歴史を持つベネ
チア国際映画祭で評価されるのが目標です」

「すてきな目標ですね。頑張ってください、応援しています」

 年輩の女性記者は社交辞令を口にすると、ちらりと腕時計で時間を
確認した。次の予定を気にしているらしい。

「ありがとうございます、頑張ります」

 大聖は、彼女が再び自分に視線を戻すのを待って微笑んだ。26歳に
なった今も「少年のような」と表される天真爛漫な笑顔だ。大聖の
狙い通り、彼女は愛くるしい子犬を見たとき誰もがそうするように
口元を綻ばせた。



 大聖が車に乗り込むと、マネージャーの坂本省吾(さかもと・しょうご)
が上機嫌で口を開いた。

「すっかりインタビューの受け答えもうまくなったな。昔は失言
ばかりで、フォローが大変だったのが嘘みたいだ」

 大聖より5歳年上の坂本は、12歳までアメリカで育ったという秀才
で、すべてにおいてそつがなく頭の回転が速い。大聖が17歳の時から
マネージャーとしてついてくれているが、大聖は一度として坂本に口
で勝てたことがない。

「そりゃあ、数こなしてきたからさ。もう、ひとりで大丈夫だよ」

「いや、インタビューだけは必ず同席しろって、社長からきつく
言われてるんだ」

「ちえっ、信用ないなぁ」

 大聖は不満そうに口を尖らせたが、元来、お調子者で、物事を
深く考えるのが苦手な性格だから仕方ない。

「ところで、この後の撮影、中止になったから、今日はもう
マンションへ送ってやるよ」

「えっ、なんで中止に?」

「ヒロイン役のミナちゃんが、栄養失調で倒れたってさ。今、
病院で点滴受けてるそうだ。あの子のダイエットは過激だったからなぁ」

「ふーん、さっきの電話、その連絡だったんだ」

 大聖は、インタビューが始まってすぐ、坂本がコソコソと席を
立ったのを思い出した。

「おまえは幸せだな、社長の奥さんがきちんと栄養管理して
くれてるもんな」

「俺も太りやすいからさ、由美さんが食事管理してくれなけりゃ、
この体型は維持できないだろうなぁ」

 子どものいない小早川由美(こばやかわ・ゆみ)は、大聖を実の
息子のように可愛がってくれていた。

仕事で帰宅できない時を除いて、大聖は毎日ジョギングをしてから
社長宅で風呂に入り、ついでに由美に洗濯をしてもらい、由美の
作った夕食を食べて、小早川家から徒歩10分の自分のマンションに
帰って寝るという生活だ。

「そういえば、先週から社長の家に下宿してる奥さんの甥っ子とは、
うまくやってるか?」

 ふと、坂本が思い出して聞いてきた。

「うーん、あいつとは最悪の出会いだったからなぁ」
 大聖は、苦々しく呟いた。

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ライオン・2

「おまえが、ジョギングで汗臭かったからだろ」

「だからって、吐くことないだろ? 初対面でいきなり吐かれた
俺の心の傷はどうしてくれるんだよ!」

 事務所の社長夫妻が、妻の弟夫婦の子どもを預かって、9月から
こちらの高校に通わせると聞いたのは8月初めのだ。何でも不登校
になって、医者の勧めもあり環境を変えることにしたのだという。

初めは、由美の愛情がその甥に移るのではないかと不安だったが、
由美から「弟だと思って仲良くしてやってね」と頼まれて、大聖は
すっかりその気になった。

 しかし、精一杯、愛想を振りまいて好感を持たれようと、ハグ
したのが裏目に出てしまった。
由美の甥・高柳笙(たかやなぎ・しょう)は、大聖を突き飛ばして
トイレに駆け込んだのだ。

 あの時のショックと気まずさは、生放送のバラエティー番組で
失言してしまったときの比ではなかった。
一週間あまり過ぎた今でも、大聖が夕食に行くと、笙は部屋に閉じ
籠もって出てこない。
由美も「懐かない野生動物みたい」とボヤいている。

「俺、あいつと仲良くなんて一生無理かも」

「そんな弱気でどうする! どんな共演者とでも仲良くやれるってのが、
大聖のウリなんだから頑張れよ」

「ちえっ、人ごとだと思って」

 坂本は、バックミラー越しに大聖のふくれっ面を見ると、声を
上げて笑った。



 坂本にマンションそばのコンビニ前で降ろしてもらい、大聖が
ビールとつまみを物色していると、携帯が鳴った。液晶画面に
表示された「由美さん」という文字に、買い食いが見つかった
子どものように心臓が跳ね上がる。

由美にはさっき車の中で、撮影が中止になったから、夜まで
のんびりできるとメールしたのだ。

「ダイちゃん、今、どこにいるの?」

 由美はいつも大聖を「ダイちゃん」と呼ぶ。「タイセイ」と発音
するのが面倒だからだ。

「自分の部屋に戻るとこだけど?」
 その前にコンビニでビールを調達していることはちゃっかり省略する。

「あのね、笙くんを学校まで迎えに行ってやって欲しいの」

「え?」

「学校から、熱があるから迎えに来るように連絡があったんだけど、
私は今、横浜にいて時間がかかるから、ダイちゃんの方が近いのよ」

 今日は由美のお稽古の日で、横浜にあるフラワー・アレンジメント
教室まで出かけているのだ。

「わかった、俺が迎えに行くよ。病院へは連れて行かなくてもいいのか?」

「私が戻ったら、すぐに連れて行くから、部屋で休ませておいて」

「了解。車を借りていい?」

「ええ、もちろん。鍵はいつものところよ」

 大聖は社長宅の合い鍵をもらっているし、家族同然の付き合いで
勝手知ったる家だ。キッチンのキーボックスから車の鍵を取り出すと、
カーナビを使って1時間後には、笙が通う高校(ミッション系の私立校だ)
に駆けつけることができた。

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ライオン・3

 高柳笙は保健室のベッドにぐったりと横たわっていた。
いつも大聖の顔を見ると、そそくさと自分の部屋に逃げ込むか、
決まり悪そうに背を向けるかだが、今はその気力もないらしい。

 大聖の肩を借りて、なんとか車まで自力で歩いたが、後部
座席に倒れ込むように乗り込むと一言も口を利かなかった。

「おい、着いたぞ」

 小早川家に着いて大聖が声をかけると、笙は死んだように
眠り込んでいた。起こすのも憚られ、明日は腰痛だなぁと覚悟を
決めて、笙を担ぎ上げる。が、笙は予想外に軽かった。
ガリガリに痩せて、高校1年生とは思えない貧弱な体格だ。

 大聖は、笙をリビングのソファーに寝かしつけると、サニタリー
ルームから大判のバスタオルを持ってきて笙にかけてやった。

それからようやく、笙がメガネをかけていないことに気がついた。
保健室に忘れてきてしまったのだ。

 由美の帰宅を待って、メガネを取りに行かなくてはと考えながら、
大聖を遠巻きに見てキャピキャピと騒いでいた女子高生を思い出して
げんなりした。

 幼い頃から芸能界で大人に囲まれて生きてきたせいか、大聖は
自分より年下の子どもが苦手だった。笙のように、10歳も年下の
高校生など、何を考えているかわからない宇宙人だ。

 汗で張り付いた前髪をかきあげてやりながら、大聖が初めて
間近で見た笙は、美男美女を見慣れた大聖ですら驚くほど整った
顔立ちをしていた。

肩幅こそないが、頭が小さいのが幸いして、8等身近くある。
なにより、手足が長い。

 これだけの素材を、伯父の小早川社長が放っておくのが信じられ
なかった。この少年には何か大きな問題がある――大聖は本能的に
そう感じた。

 その時、ぼんやりと目を開けた笙は、自分の上に覆い被さるように
していた大聖に驚いて悲鳴をあげた。大聖を突き飛ばして逃げようと
したが、身体にかけてあったバスタオルが脚に絡まって、ソファから
転げ落ちてしまう。

 大聖が事の成り行きに唖然としていると、急激に動いたのがまず
かったのか、笙は口を押さえてえずき始めた。

「ちょっと待て、そんなとこで吐くな!」

 大聖は慌てて笙を肩に担ぎ上げて、トイレへと走った。

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ライオン・4

「吐き気は治まったか? ほら、口を濯げよ」

 大聖は笙が落ち着くのを見計らって、水の入ったコップを
差し出した。のろのろと大聖を振り返った笙は、ひどく幼く見える。

「……すみません」

 笙が口を濯ぐと、大聖は手際よくトイレの水を流してコップを
片づけた。

「立てるか?」

 聞かれて笙は口籠もった。体中の力が抜けて、立てたとしても
まともに歩けるか自信がなかったのだ。

「ほら、俺の首に腕を回せ」

 笙は、怖ず怖ずと言われたように大聖の首に腕を回した。
ふわりと身体が宙に浮く感覚とお姫様抱っこに、笙は戸惑いの
表情を見せたが、大聖が優しく笑いかけてやると、恥ずかしそ
うに目を伏せた。

 大聖は、笙をソファに降ろし、熱を確かめようと笙の額に手を
あてた。一瞬、笙の身体がビクリと震えたが、笙はおとなしくしていた。

「やっぱ、冷やした方がいいな」

 大聖は、氷枕を作り、笙の額に冷えピタシートを貼り付けると
「頭寒足熱だ」と笙の脚の方だけバスタオルをかけてやった。
それから蒸しタオルを作って、笙の額や首筋の汗を優しく拭ってやる。

 笙は、かいがいしく動き回る大聖を見ているうちに、暖かなものが
胸の中に広がっていくのを感じた。

「ところでさ、予備のメガネは持ってるか?」
 不意に大聖が訊いた。

「……メガネ?」

「ここに着いてから気がついたんだ。笙くんのメガネ、学校に
忘れてきたかも」

「コンタクト、持ってるから……平気です」

 大聖が、初めてまともに聞いた笙の声は、しっとりと落ち着いた、
どこか淋しげな声だった。

「けど、体調が悪いのにコンタクトはキツくだろ? 笙くんが
由美さんと病院へ行っている間に学校へ行って取ってきてやるよ。
どこに置いたか憶えてるか?」

「あ……、先生が鞄の中に入れてくれたような気が……。僕の鞄は?」

「しまった! まだ由美さんの車の中だ」

 大聖が、ガレージの車から鞄を取ってくると、笙は上体を起こして
中身を確認した。

「これ……」

 鞄の中から笙が取り出したのは、女物のハンカチにくるまれた
何かだった。横から素早く手を伸ばした大聖がそれを確認すると、
やはり笙の銀縁メガネだった。
ほっとして、二人で顔を見合わせて微笑みあう。

「これ、女物のハンカチだよな。て、ことは、担任は女って
ことだよな? 美人か?」

「えっと……優しいです」

 一瞬、返答に詰まった笙が、当たり障りのない答えを返すと、
大聖は盛大に溜息をついて見せた。

「つまり、性格で勝負しなけりゃならない程度の容姿ってことか」

「天野さん、ひどい!」
 大聖の軽口に、笙は思わず苦笑して抗議した。

 由美が帰宅する頃には、笙の顔色はかなり良くなっていた。
まだ微熱はあったが、吐いたことで胃のつかえが取れて楽に
なったようだ。病院へ行くより眠りたいと言うので、大聖が
二階の笙の部屋まで肩を貸してやった。

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ライオン・5

 翌日の夕方、いつものようにジョギングを終えた大聖が、
所属事務所の小早川社長宅に行くと、高柳笙がダイニングで
お粥を食べていた。

伯母の由美が心配して、学校を休ませたのだ。話しかけようか
と思ったが、笙にまた汗臭いと吐かれてはかなわないので、
由美への挨拶もそこそこに、まずはバスルームへ行く。

 大聖が着替えてダイニングに戻ると、笙はまだテーブルに
着いていた。お粥がきれいに平らげてあるのを見て、食欲が
あることに安心する。

「ダイちゃん、いつものジャスミン茶でいい?」
「うん、ありがとう」

「笙くん、お代わりは?」
 笙の茶碗が空になっているのに気づいた由美が、声をかける。

「いえ……ごちそうさまでした」
「そう? 後でお腹が空いたら言ってね」
「はい」

 大聖は、由美からジャスミン茶の入ったグラスを受け取ると、
笙の左隣のイスに座った。そこが食事をするときの大聖のいつもの
定位置なのだ。

 笙は、少し緊張した様子で自分のグラスに手を伸ばすと一口
お茶を飲んだ。これまでなら、速攻で席を立って自分の部屋に
逃げ込むところだ。

 しかし、今日は時折チラチラと大聖を見ながらお茶を飲むばかりで
動こうとはしない。昨日のことで、やっと大聖に対する警戒心が
解けたのだろう。

「笙くん、部活は何にしたんだ?」
 気を利かせて大聖から話しかけてやる。

「将棋部に……」
 笙は、やっと聞き取れる程度の小さな声で答えた。

「小学3年生の時、地元のピアノ・コンクールで優勝したお祝いに、
お爺ちゃんから将棋セットをプレゼントしてもらったのよね」
  
 夕食の準備をしていた由美が、口数の少ない笙に代わって説明した。

「へ~え、ピアノ・コンクールで優勝なんて凄いなぁ」
「笙くんは二歳からピアノをやっていたのよ」

 大聖は笙の関心を引こうと大げさに感心して見せたが、笙は相変わらず
自分からは何も話そうとしない。なかなか大聖と打ち解けない笙に、
由美も困惑気味だ。

「ねえ、ダイちゃん、今週の土曜日に笙くんを『ジュエル』に
連れてってくれない? 田舎の母が来る前に、さっぱりさせたいのよ」

 『ジュエル』は、芸能人が多く通う美容室で、大聖も常連だ。

「ああ、俺も気になってたんだ。今のスタイルは陰気臭いからさ。
もう少しレイヤーを入れて軽くした方がいいよ」

 大聖が、笙の髪を手櫛で梳いて、指先で髪質を確かめる。笙は一瞬、
身を竦めたが逃げたりはせず、大聖にされるがままじっとしていたいた。

「まだ高校生だからカラーリングはダメだろうけど、カットの上手い
原ちゃんに頼めば、いい感じに仕上げてくれると思う」

「じゃ、原田さんに予約を入れておくわ。付き添いお願いね」
「了解」

「グランマが……来るんだ」

 笙がぽつりと呟いた。人前で、祖母を恥ずかし気もなく「グランマ」
と呼ぶことに、大聖は呆れたが、同時に笙の育ちの良さを感じた。

「そうよ、笙くんの様子を見にね」
 キャベツを刻みながら由美が笑って応えた。

しかし、笙の顔は浮かない。大聖は、昨日と同じ秘密の匂いを
嗅ぎとったが、それを口にするのは憚られて黙っていた。

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