恋人の条件―1 

 窓越しに降り注ぐ晩秋の陽光をブラインドで調節する。取引先
から送られてきたデータを確認しながら、発注書をさばいていると、
いつの間にか俺の肩越しにすり寄って来ていた滝本が、感心
したような顔で覗き込んでいた。

「さすが白藤先輩、処理が早いっすね」
「さぼってないで、自分の仕事しろ」
 俺は顔も上げずに言ってやった。ちょっと目を離すとこいつは、
すぐサボるのだ。

「今夜、空いてます?」
 その言葉の意味を計りかねて振り返ると、子犬のような目と
ぶつかった。
「割り勘なら付き合ってやってもいい」
「とんでもない! おごりますよ」

 滝本は、満面の笑みを浮かべて言った。それはつまり、
俺がベッドまで付き合うことを期待してるってことだよな。
「割り勘がいい」

 俺は強く主張した。滝本がしゅんとして口をへの字に曲げる。
子供っぽい奴。俺は週末以外、セックスはしないと決めてるんだ。
それはもちろん、ウイークデーのセックスは仕事に響くからで、
社会人の常識ってもんだ。

 社会人一年生の滝本は、まだたいした仕事を任されていない
からいいが、俺みたいな中堅社員ともなると、そう簡単に休む
こともできない。第一、仕事に穴を空けるなんて、俺のプライドが
許さなかった。

「遊びは週末までお預けだ」
 俺の言葉に滝本の顔が不満そうに曇る。それを無視して
再びパソコンの画面に向き合うと、俺は仕事に没頭した。


 飲んだ後、律儀にマンションのドアまで送ってくれた滝本に、
俺は礼を言ってドアを開けた。
「コーヒーぐらい飲ませて下さいよ」
「やだ!! おまえ、先週そう言って上がり込んで、俺を押し
倒したじゃないか!」
「あれは、哲也がバスローブ姿で俺の前をフラフラしたから
じゃないですか!!」
「哲也って呼ぶな! 俺はおまえより年上なんだぞ!!」
「わかりました、白藤先輩。今夜は何もしませんから、もう少しだけ
一緒にいさせて下さい」

 しおらしい態度に俺はちょっとだけ同情して、ちょっとだけ部屋に
上げてやることにした。「コーヒー飲んだら、すぐ帰るんだぞ」と念を
押すのも忘れない。

「大丈夫です。心配ありません」
 滝本はコクコクと嬉しそうに何度も頷いた。俺はなんだかいいことを
したみたいで、いい気分になった。

 キッチンに行くと、上着を脱いで手際よくコーヒーを淹れる。
もちろんドリップを待つ間、マグカップを温めておくのも忘れない。
俺は、けっこうマメなんだ。

 コーヒーを持ってリビングに行くと、滝本が上着どころかネクタイまで
緩めて、ソファーに沈み込んでいた。
「おい、なにくつろいでんだよ! これを飲んでとっとと失せろ!」

 声を荒げて叱咤すると、滝本は慌てて居住まいを正した。
「いただきます」と行儀良く言ってから、コーヒーに口を付ける。

 こいつとこういう関係になって、かれこれ4ヶ月になる。前の男と
別れるのにすったもんだしてるのを滝本に見られて、なし崩し的に
関係を持った。

 初めはぎこちなかった滝本のセックスも、回数を重ねるうちに
上達して、今では充分過ぎるほど俺を楽しませてくれる。けど俺は、
滝本との間にきっちり線を引いて、絶対馴れ合わないようにしていた。
今までの経験で懲りたからだ。

 身体だけの割り切った関係が一番、楽だ。裏切られたり、
捨てられたりといった辛い思いをしなくて済む。静かに始まって、
いつの間にか終わる、それがベストだ。身を裂かれるような哀しみも
苦しみも、二度とごめんだった。

 俺は滝本が帰った後、一抹の淋しさを覚えながらも持ち帰った
書類を開いた。先月、取引先の大手メーカーが倒産して、事後処理や
取り付けに大わらわだった。あおりを食らって連鎖倒産する会社も
いくつかあったと聞いてゾッとした。

 取引先の倒産は、うちの会社のように商事会社に毛の生えた
ような弱小商社には、大きな痛手であるのは確かだ。社内では
近いうち、大規模なリストラが行われるのではないかと囁かれている。

 今年、三十の大台に乗る俺が、リストラや倒産で職を失ったら、
再就職はかなり厳しいだろう。かといって、田舎に帰って家業の
漬物屋を手伝うのは真っ平だった。

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恋人の条件―2

 金曜の夜、会社から電車で30分の滝本のマンションを訪れる。
残業を拒否して定時で退社した滝本が、神経質な俺のために
部屋の掃除をして、ベッドのシーツを取り替えて待っていた。

 それにしても豪勢なマンションだ。海外赴任中の姉夫婦の
マンションを借りているという話だが、5LDKに一人で住むのは
贅沢すぎると思う。しかもリビングなんて24畳もあってルーフ
バルコニーまで付いているんだ。滝本の姉さんは一体、
どんな金持ちと結婚したんだ?

「風呂を先にします? それとも飯にします?」
 大理石のリビングテーブルには、滝本が頼んだらしいピザと
サラダ、缶ビールなどが並べられていた。ウキウキと訊いてくる
滝本に俺は上着を渡しながら、まるで女房みたいだなと苦笑した。

「まず風呂にする。おまえ、先に食べてていいから」
「だったら俺も一緒に入ります」
「そういうのは嫌いだって、いつも言ってるだろ!」

 俺は軽く滝本の頭をはたいてやった。このバカは、何回言っても
浴室に乱入しようとするのだ。俺は他人に、手術痕の残る身体を
見られるのが大嫌いだった。だからベッドでは絶対、蛍光灯は
つけさせないし、明るい場所では抱かれない。

 しっかり鍵をかけてから、シャワーを浴びる。本当はジャグジー
バスで、ゆっくりしたかったが、俺が出るまで滝本が食事を待って
いるのがわかっていたから、シャワーだけにする。湯船なんかに
浸かったら眠ってしまいそうなくらい、俺は連日の残業で疲れ
果てていた。


「哲也!! 哲也!!」
 滝本の呼ぶ声にぼんやりと目を開ける。
「ん……名前で呼ぶな。図々しい」
 どうやら、さんざん焦らされ過ぎて、意識を飛ばしてしまったようだ。

「キツかったですか? どこか痛いところや苦しいところは?」
 心配そうな滝本の顔が次第にはっきりと像を結んでいく。
「早く抜け!」

 俺は、思いっきり冷めた声で言ってやった。それを聞いて、滝本が
真っ赤になりながら、あたふたと繋がりを解く。ズルリと抜き出される
感触に俺は眉を顰めた。滝本がコンドームの口を縛ってゴミ箱に
投げ入れるのを横目に見ながら、ふと思いついて尋ねる。

「今、何時だ?」
「0時40分です。泊まるんじゃないんですか? もう終電間に合いませんよ」
「じゃあ泊まる。けど、目覚ましは7時半にセットしておいてくれ。会社に
やり残した仕事があるから片づけたい」

「休日出勤ですか? そんなに仕事してどうするんです。今に身体を
壊しますよ? 今だって少し熱っぽいし」
「うるさいなぁ。おまえ、俺の女房か!? 俺の仕事に口出しするな!!」

 俺は自分のやることに口出しされると無性に腹が立つ。滝本の言う通り、
このところ微熱が続いていたが、仕事は山のように溜まっていて、とても
休める状態ではなかった。3ヶ月前まで、3人でやっていた仕事を定年で
一人辞めて、補充もないまま2人で処理しているのだ。

「じゃあ、俺も手伝います」
 イライラと爪を噛む俺の指をやんわり口元から外すと、滝本は俺の顔を
覗き込むようにして言った。
「結構だ! ミスされると困るしな」

 俺の言葉に滝本が悲しそうに目を伏せる。それを見て見ぬ振りで、
俺はシーツを首もとまで引き寄せた。
「もう寝る。起きなかったら起こせよ」
「はい」
 滝本の返事を聞くと、俺はそのまま吸い込まれるように
眠りに落ちていった。

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恋人の条件―3

 滝本が用意してくれたコーンフレークと野菜ジュースで軽く
朝食を摂ると、俺は午前10時に出社した。人気のないオフィスは、
無人島にいるように孤独だ。提出期限が迫っているものから
優先的に片づけていき、気が付くと午後1時を回っていた。

 微かに空腹を覚えたが、オフィス街のこのあたりは、サラリーマン
やOLに合わせて飲食店は軒並み休業だ。一番近いコンビニまで、
歩いて15分もかかるのを思い出し、俺は3時まで頑張ってケリを
付けてから、どこかで昼食を取って帰宅する事にした。

「やっぱり、食事もしないで頑張ってる」
 仕事に没頭していた俺は、滝本がすぐ隣に立つまで、全く
気づかなかった。

「はい、差し入れ。サンドイッチです。ここのは美味しいんですよ。
これを食べて、キリが付いたら一緒に帰りましょう。親切な後輩に、
夕食ぐらい付き合ってくれますよね?」

 ポロシャツ姿の滝本が、ニコニコして言った。目の前にサンドイッチを
差し出された途端、俺は急激に空腹を感じて欠食児童のように
それに飛びついた。

 結局、滝本にもできる簡単な仕事をよりだして手伝ってもらい、
2時半には仕事をおおむね片づけることができた。滝本には褒美に
夕食を奢ってやることにする。

「でも、夕食にはまだ時間があるな。どうする?」
「うちでゴロゴロしながらビデオでも観ませんか? お薦めのが
あるんです」

 俺はビデオなんてどうでもよかったが、人目を気にせずゴロゴロ
できるというのが気に入った。しかし、スーツでゴロゴロしても
あまりくつろげそうにない。

「だけど俺、着替えがないし、一度うちに戻りたいな」
「あ、着替えなら俺がスウエットを用意しておきました。下着も
ちゃんと買ってあります」
「なんか・・・用意がいいな。まさかおまえ、またヤろうなんて
考えてないだろうな」
「へへっ、バレました?」

 やっぱり、そうきたか。こいつが俺を大人しくゴロゴロさせて
くれたことなんて滅多にないもんな。俺の隙を突いては、すぐに
あらぬ所に手を伸ばしてくる奴なんだから。俺はわざと盛大な
溜息をついてやった。

「まぁ、おまえはまだ若いもんな。今夜だけだぞ。それで物足り
ないなら、他で遊べ」
「そんなことできるわけないじゃないですかっ!! 俺は白藤先輩
一筋です!!」

 顔色を変えて懸命に言い募る滝本は、子供みたいにきれいな
目をしていた。そう言えば俺、こいつの目に惚れたんだっけ。
一重なんだけど、くりくりして可愛い感じが、初恋の男に似てる。

「気持ち悪い奴。男女の恋愛でもあるまいし」
 内心ドキドキしながら、照れ隠しに悪態をついてやる。滝本は、
困ったような顔をして黙って俺を見ていた。

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恋人の条件―4

 なんだかんだ言いつつも、俺は滝本秘蔵のホモ・ビデオを
見せられて、画面の中そっくりの手順と体位で抱かれた。
ちょっと興奮したのは事実だけど、未だかつて経験したことの
ないアクロバットな体位に俺の身体はしっかり筋肉痛になった。
 やっぱ、6つも年下のヤリたい盛りの男なんかと付き合うもん
じゃないな。こっちの身が持たない。

「はい、ビール」
 滝本から冷えた缶ビールを手渡されて、喉に流し込んだ。
派手にキスマークの散った身体を隠すため、トレーナーを足下
から引き寄せる。それを頭からかぶりながら、滝本の視線が
俺の腹部の傷跡に張り付いているのに気づいた。

「夕食、何にする? 出かけてもいいし、出前で寿司とか
鰻でも取るか?」
 滝本の関心を他に向けようと、俺が話しかけると案の定、
滝本は夕食のメニューに頭を捻りだした。単純な奴・・・。

 結局、滝本が和食を食べたいと言うので、俺達は歩いて
10分の駅前の居酒屋へ出かけた。混み合う寸前の時間帯で、
何とか待たされずに席に着くことができて、ホッとする。
店内は休日ということもあって、家族連れが多かった。

「白藤先輩は家族にカミングアウトしてるんですか?」
 酔った滝本が、俺に訊いてきた。

「んなわけねーだろ! 俺がなんで実家から遠く離れた東京で
就職したんだと思う? 親にバレずに男とヤリまくるためだ。
都会なら、いい年した男が独り身でいても、とやかく言う奴が
少ないしな。カミングアウトなんて、小心者の俺には一生
できないなぁ・・・」

 つらつらと考えていると、だんだん落ち込んできた。人が
せっかくいい気持ちで飲んでるのに、なんてこと訊くんだよ!!

「俺、白藤先輩なら家族に自信を持って紹介できます。仕事は
できるし、美人だし、セックスも最高だし、それから・・・」
「おい、俺はおまえの家族なんかに会わないからな。天地が
ひっくり返ったって絶対に! ああもう、こんなつまらん話は止めよう。
俺はひっそりと静かに生きていくのが好きなんだ」

 俺がつまみのほっけをつつき回すのを見て、滝本が丁寧に
骨を外してくれる。こいつの箸使いは今時の若者と思えないほど
きれいだ。俺は酔いの回った頭で、滝本の母親はきっと良妻賢母の
しっかりした女性なんだろうな、そんな母親に男の恋人なんて理解
できるわけがないよなと考えていた。

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恋人の条件―5

 日曜の昼過ぎに自宅マンションに戻った俺は、玄関に
揃えられたパンプスに仰天した。

「哲也! どこへ行ってたの!? 携帯も繋がらないし、母さん
どんなに心配したか……」
「ご、ゴメン!! 友達の所に泊まったんだ。それより、
いつ来たんだよ」
「昨日の朝よ。奈美さんと喧嘩して、うちを飛び出して
来ちゃった」

 お袋は、同居している兄嫁と仲が悪くて、しょっちゅう
言い争っている。それでも大抵は、奈美さんの方が折れて
くれるから、何とか丸く収まってるんだが。

「母さん、頼むよ。何日も居座られると迷惑なんだよ」
「嫌な子ねっ!! ホコリだらけの部屋をきれいに掃除して
あげたのに!」
「来る前に、電話ぐらいしろよな」と、ぶつくさ言いながら、
俺は寝室に逃げ込んだ。

 ラフな格好に着替えてキッチンに行くと、お袋が忙しく
立ち働いていた。俺のために手の込んだ夕食を作って
くれるつもりらしい。

「ねえ、哲也。あんた、この間、振られたって言ってたけど、
新しい彼女はまだできないの?」
 お袋が手を休めることなく背中越しに訊いてきた。

「ん……まだだよ」
 新しい男はできたけどね。俺は追求を怖れて、わざと
素っ気なく答えた。

「今は晩婚化が進んで、30過ぎても独りって人が増えたけど、
実智也の所はもうすぐ二人目が生まれるんだよ」
「そっか、おめでとう。今度は男が生まれるといいな」
「なに呑気なこと言ってるの、あんたも頑張らないと。この際、
できちゃった結婚でも構わないわよ」

 俺はどんなに頑張っても、子供は作れないぞ。女に
突っ込むより男に突っ込まれるのが好きなんだから。

「無責任なこと言うなよ。あんな田舎で、できちゃった結婚
なんて陰で何を言われるかわかんないだろ!」
 俺の苛立ちを感じ取ったお袋が口を噤む。

 閉鎖的で排他的で、時代遅れな田舎町が大嫌いで、
俺はどうしても東京の大学に行きたいと言い張って上京し、
卒業したら地元で就職するという約束を蹴り飛ばして今の
会社に就職した。あそこに帰りたくない一心で……。

「ちょっと、コンビニ行って来るから」
 俺はお袋にそう言うと、その場を逃げるように離れた。

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