ずっと君だけを―1

「なぁこれ、来生の兄さんだろう?」

 二コマ目の講義が終わって席を立とうとした俺に、高校からの
腐れ縁の野村が雑誌を差し出した。『若手トップの可能性』と
題された特集のグラビアで自信に満ちた精悍な微笑みを浮かべ
ているのは、紛れもなく十歳年上の俺の兄貴だった。

 俺は途端に不機嫌になった。出来のいい兄貴を持つと弟は苦労
する。ことあるごとに比べられて、お陰で俺は劣等感の固まりだ。

 俺が小学六年の時、親爺は癌で亡くなった。以来、兄貴が父親
代わりだった。兄貴は、大学卒業と同時に親爺の会社を継いで
社長になった。

 この不況の時代に会社を守るだけでも大変なのに、
業績を伸ばし続けるなんて神業をやってのけてる。俺にとって兄貴は、
羨望と嫉妬と畏敬の対象だ。

「いいよなぁ、おまえは就職の心配がなくて」
 大学の三回生ともなると、嫌でも就職が視野に入ってくる。野村に
しみじみと言われて、俺はきっぱりと答えた。

「俺は兄貴の会社には入らない!」

 兄貴の会社には、“彼”が就職することになっていた。不倫相手を
秘書にするなんて悪趣味だが、カリスマ社長の決めることに異論を
唱える者などいない。

「それじゃ、どこか当てがあるのかよ?」
「院へ上がろうと思ってる」

 それは、大卒の兄貴に対する俺のささやかな対抗心だった。就職も、
兄貴の会社以外ならどこでもいい。できることなら海外赴任のある
会社に就職して、海外で生活したい。そうすればきっと、“彼”のことも
忘れられるはずだ。

 彼、岸森直記(きしもり・なおき)は高校のクラスメートだった。出席
番号が並び(きしもり→きすぎの順番だ)で、一緒に何かをする機会が
多く、俺達はすぐに意気投合した。

 あの綺麗な顔で笑いかけられて心を開かない奴なんていない。
おまけに岸森は、顔だけでなく心も素直で優しく綺麗だった。

 夏休みに、俺は自慢の友人を兄貴に紹介した。今、思えば多忙な
兄貴が、別荘での滞在を一週間も延ばした時点で気づくべきだった。

 俺が、兄貴と岸森の関係を知ったのは、翌年の夏だった。出産の
ため妻が実家に帰っているからと、兄貴は一人で長野の別荘へ
避暑に出かけた。

 岸森は亡母の実家に帰省していて、暇を持て余した俺は
気まぐれに別荘を訪ねた。そして、二人の関係を知って
しまったのだ。岸森の首筋に散った赤いキスマークを見たときの衝撃を、
俺は一生忘れないだろう。

 「裏切り者」「恥知らず」「変態」と罵る俺に岸森は一言も弁解しな
かった。当然のことながら、俺は岸森と絶交した。

兄貴は息子が生まれたにもかかわらず、岸森との関係を続けた。
やがて妻に不倫がバレると、家を出た。そして岸森と同棲を始めたのだ。

 岸森の父親は海外赴任中で、後妻である母親は継子の行状を知って
も無関心だった。岸森が、亡くなった前妻の子供だったからだ。

 気丈にも義姉は、兄貴からの離婚の求めに応じなかった。相手が女
ならまだしも、男に夫を取られるなど、彼女のプライドが許さなかったの
だろう。三角関係は膠着(こうちゃく)状態のまま、すでに三年の月日が
流れていた。

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ずっと君だけを―2

 コンパに出るのは半年ぶりだった。女を抱けない訳ではないが、
どうしても岸森のことを考えてしまう。どんな顔で兄貴に抱かれる
のか、どんな声で快感に喘ぐのか、考えれば嫉妬で狂いそうになる
のに、考えずにはいられないから、俺は女に近づかないようにしていた。

だけどGWにすることもなくぶらぶらしていたら、お袋から「いい歳をして、
まだ彼女もできないの」と嫌味を言われて、岸森を忘れるためにも
彼女を作るろうと考えた。それにいい加減、岸森を思って一人で
抜くのにも疲れてきていた。

 野村が作ったあみだくじで、俺の右には美登里ちゃん、左には
小夜ちゃんが座った。真向かいの席は、胸のでかい真由ちゃんだ。
取り敢えず、今夜は胸のでかい真由ちゃんを狙うことにする。

 たいして綺麗でもない髪や肌を誉め、せっせと飲ませた甲斐あって、
二次会では、真由ちゃんの方から隣に座ってくれた。

「ねね、ケータイの番号、交換しちゃわない?」
「いいの? やったー!!」

 大袈裟に喜んで見せ、互いの番号を教え合う。番号を打ち込む
真由ちゃんの指を見て、俺はげんなりした。ちんまり短くて爪の形も
扇のように広がっている。岸森の指は、本当に綺麗だった。すらりと
細くて長く、爪の形だって……。

 そこまで考えて俺は慌てた。岸森を忘れるために彼女を作ることに
したのに、岸森と比べてどうする!

 その時、俺の携帯が鳴った。兄貴のマンションからだった。兄貴は
時々、身体の弱いお袋を心配して、様子を聞くために俺に電話して
くる。大抵、早く仕事が片づいて帰宅できたときにかけてくるから、
俺は珍しく遅い時間だなと思って電話に出た。

「ヒロ……僕、岸森だ」

 兄貴が、俺の名前・寛之(ひろゆき)の下を省いて「ヒロ」と呼ぶせいか、
いつの間にか岸森も俺を「ヒロ」と呼ぶようになった。

「ヒロ、聞こえてる?」
 岸森の声は、微かに震えていた。

「ああ、聞こえてるよ」
 わざとぶっきらぼうに答えると、小さな安堵の吐息が聞こえた。

「隆之さんが、交通事故に遭ったんだ。僕はこれから秘書の太田さんと
病院に向かうから、ヒロはお母さんを連れてきて欲しい」

「わかった。それで、兄貴の怪我の具合はどうなんだ?」

 沈黙……岸森は答えない。
「教えろよ! 命に別状はないのか?」

 不安になった俺は、思わず声を荒げた。周りにいたみんなが
一斉に俺を注視したが、そんなことは気にならなかった。

「……亡くなったよ」
 絞り出すような声で岸森が告げた。

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ずっと君だけを―3

 岸森は、霊安室で兄貴に最期の別れをした。家族でもない、
ましてや妻でもない岸森には、兄貴の遺体を引き取ることも
葬儀を出すことも許されないからだ。俺は、岸森が兄貴の妻と
鉢合わせしないよう用心しながら、岸森を病院からマンション
へ連れ帰った。

 ダイニングテーブルには、二人分の夕食が並べられたまま
だった。岸森が兄貴のために作ったのだろう、どれも手の込んだ
料理ばかりだった。いかに兄貴を愛しているか、ひしひしと感じ
られるその料理を、俺は複雑な気持ちで冷蔵庫に入れた。

「ほら、ブランデーだ。これを飲んでもう寝ろ」

 リビングボードから一番高そうな酒を取り出してグラスに注ぎ、
ソファーで放心している岸森に手渡した。岸森は黙ってそれを
受け取ったが、口を付けようとはしない。

「じゃ、俺はもう帰るから。葬儀が終わったら連絡するよ」
 岸森が泣くのを見るのが辛くて、俺はそそくさと背を向けた。

「どうして……」

 小さな呟きに振り返ると、岸森が俺をじっと見つめていた。
激しい怒りを孕んだ瞳に、俺の背筋をゾクリと戦慄が駆け抜ける。

「隆之さんは、どうしてここに帰って来れないんだ? 隆之さんの
家はここなのに! あの女(ひと)とはとっくに終わってるのに、
どうしてっ……」

 大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、岸森は泣いているのに目が
眩むほど綺麗だった。だけど俺は、兄貴のために泣く岸森が許せ
なかった。

「兄貴が結婚してることを知ってて、つき合ったんだろ。おまえは男で、
妻でもない。兄貴の家庭をメチャメチャにして、義姉さんやお袋が
どれだけ泣いたと思ってるんだ」

「それでも…隆之さんには僕が必要だったんだ。自分の弱さを曝らけ
出せる相手として」
「兄貴はそんな弱い人間じゃない!」
「ヒロは、本当に何にもわかってないんだな」

 蔑むような瞳が向けられ、俺は反射的に手を上げていた。手加減
したつもりだったが、岸森の身体はあっけなくソファーに沈み込んだ。

「出て行けっ、ヒロなんか嫌いだ! 大嫌いだ!!」

 岸森の捨て台詞に、俺の理性は完全に吹っ飛んだ。

「売女っ、どうやって兄貴をたらし込んだんだよ!! 教えろよっ! 
俺にも脚を広げてみせろっ!」

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ずっと君だけを―4

 俺は泣き叫ぶ岸森を張り手で黙らせ、力任せに狭い体内に
押し入った。恐怖ですくみ上がった身体には、先端を潜り込ま
せるのが精一杯で、俺自身、激しい締め付けに耐えきれず、
あっという間に射精してしまった。

 岸森のすすり泣く声に我に返った俺は、あまりの惨状に愕然
とした。岸森の下半身もソファーも血だらけで、俺のペニスにも
べっとりと血が付いていた。

「ごめん、岸森……ごめん……ごめん……」
 オロオロと、ただ「ごめん」を繰り返す俺に、岸森は吐き捨てる
ように言った。
「早く、帰れよ……ヒロの顔なんて見たくない」

 その言葉に、俺は逃げるようにマンションを後にしたのだった。 




 兄貴の葬儀や遺産相続などで忙殺され、気がつくと6月も
終わろうとしていた。俺がマンションを訪れるのは一ヶ月振り、
岸森に会うのもあの夜以来だった。

激情に流され、岸森を強姦してしまったという事実に怯え、
俺は葬儀が終わってからも電話一本かけることができなかったのだ。

「兄貴の荷物を引き取りに来た」
 気まずさから、開口一番そう言った俺に、岸森は絶句した。

「義姉さんの強い希望なんだ」

 義姉は、自分や子供を捨てて出て行った夫を、執念のように
愛していた。夫のものは、たとえ髪の毛一本でも岸森に渡したく
ないというほどに。

四十九日の法要の後、義姉から泣いて訴えられて、俺は渋々、
岸森から兄貴の遺品を引き取ってくることを承諾したのだった。

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ずっと君だけを―5

 岸森は、すべてを諦めてしまったかのような表情で、俺が
ダンボール箱に兄貴の遺品を詰め込むのを黙って見ていた。

やつれた青白い頬に長い睫が陰を落としている。この一ヶ月、
ろくに食事も睡眠も摂っていないことが伺えた。しかし、どんなに
憔悴していても、やはり岸森は綺麗だった。

 そう、昔から岸森の中性的な美貌は皆の憧れの的だった。
挑むような瞳で微笑まれると、魅入られたように目が離せなく
なったものだ。

今、ダイアモンドのように輝いていた瞳は、月光のように静かに
息を潜めている。誰一人味方のいない四面楚歌の孤独が、
岸森から太陽の輝きを奪い去ったのだ。

「時計……」

 物思いに耽っていた俺は、突然、耳元で岸森の声がして驚いて
顔を上げた。岸森は、じっと俺の手首を見つめていた。

「その腕時計どうしたんだ?」
「あぁ、兄貴が事故に遭ったとき、身に着けていたやつだ。あれだけ
酷い事故だったのに時計だけ無傷で、義姉さんが形見として俺に
くれたんだ」

「……れ…いか……」
「え?」
「……その時計、僕に……くれないか?」

「何、言ってるんだ。義姉さんが、兄貴のものは何一つおまえに渡し
たくないって言うから、こうして俺が遺品を引き取りに来たんだぞ?」

「だって、その時計はもうヒロのものなんだから、僕にくれたっていい
じゃないか」
「屁理屈言うなよ」
「……」

 岸森は、叱られた子供のように唇を引き結んで、涙を堪えているような
表情を浮かべた。見ているこちらまで痛々しくて胸がキリキリしそうな
表情だ。まだ、そんなにも兄貴を愛しているのかと思うと、悔しさで
歯ぎしりしたくなる。

 だから俺は、咄嗟に囁いた。
「そんなに欲しいなら、おまえにやってもいいよ。ただし条件がある。
一週間、俺につき合え。俺と一緒に暮らして、毎晩、俺に抱かれるんだ」

 驚きに瞳が見開かれ、唇が戦慄(おのの)いた。俺は殴られるのを
覚悟したが、岸森は再び唇を引き結ぶと、はっきりと肯いた。

「わかった、言うとおりにする」

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