誰も泣かない―25

 文弥は、隆治の口利きで退院すると、まさに寝る暇も惜しんで
という表現がぴったりなくらい、死にもの狂いで勉強した。出
席日数がぎりぎりなうえ、講義にかなり遅れをとって留年寸前だった。

隆治のように病院へ日参している暇などなかったし、瀬川がそれを
望むはずもない。

 大学を卒業して大学院に進む、それから司法試験に挑む。瀬川の
ように一発で司法試験に受かるのは無理だとわかっていたし、進級
さえ危うい文弥が合格するなど夢のまた夢かもしれない。

 それでも文弥は、石に囓りついてでも弁護士になりたかった。今の
ままでは、瀬川から憐れみを受けることはできても、愛されることは
ないと悟ったからだ。

 だから、藤井隆治から、瀬川が意識を取り戻したと連絡を受けても、
文弥は見舞いに行かなかった。弁護士になって、瀬川の役に立つ人間
になるまでは、瀬川に会わないと決めたのだ。


 瞬く間に季節は冬へと変わった。文弥は月に一度、瀬川の様子を聞く
ために藤井隆治と昼食を摂る以外、朝から晩まで机に囓りついて猛
勉強していた。

 バイトもコンパも無縁の生活だ。洗いざらしのトレーナーとジーンズの
着たきり雀。髪は伸び放題で無造作に首の後で一つにくくられ、悲惨な
食生活で肌はガサガサ。ゼミ仲間の三上早紀が、「ナスターシャ・キン
スキーのような美貌が台無し」と嘆きまくるほどに、なりふり構わない
生活だった。

 見かねた藤井隆治が、家政婦を手配しようとしたが、文弥は頑なに
拒んだ。誰かの庇護がなくては生きられない人間に、瀬川は興味を
持たない。だから自分の力で生きていける人間になりたかった。

 大学が冬休みに入った十二月の寒い朝、文弥が食パンを囓りながら
ノートパソコンでレポートの推敲をしていると、インターホンが鳴った。

「どうぞ、開いてます」
 常に藤井組の組員に見張られて生きてきた文弥は、ドアに鍵をかける
習慣がない。押し売りや強盗が来ることなど考えも及ばないのだ。

 訪ねてくるのは三上早紀か、その恋人の佐野武志ぐらいだ。早紀から
借りた裁判記録資料を返さなくてはと、文弥はベッドサイドに積み上げた
本の山に視線を向けた。

「不用心だな、鍵ぐらいかけろよ」

 呆れたような瀬川の声に、文弥は固まった。ドアに背を向けたまま
振り向くこともできず長い長い沈黙が流れる。やがてドアの閉まる音がした。

文弥は瀬川が怒って出て行ってしまったのではないかと慌てて振り向いた。

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