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ライオン・93

どこをどう歩いて自分の部屋まで戻ったのか、笙は憶えていない。
ベッドに突っ伏して、泣き疲れて眠った。
 目が醒めて時計を見ると夕方の5時だった。喉の渇きを覚えて水を飲む
ために階下に降りると、伯母の由美が笙と同じく目を赤くしてダイニング・
テーブルに座っていた。

「笙くん、ちょっと座ってくれる?」

 笙は促されるまま、由美の前に座った。

「ダイちゃんに聞いたわ。あなた達、付き合ってたのね」

 答える代わりに、笙はコクリと肯いた。

「私からも、お願いするわ。ダイちゃんと別れてあげて」

 由美に懇願され、笙は唇を噛みしめて俯いた。

「今のダイちゃんには、笙くんは重荷なのよ。わかってやって。ダイちゃんは、
私やみんなでしっかり支えていく。万一の時は、そんなことは絶対に嫌だけど……
もしその時が来てしまったら、ちゃんと笙くんにも立ち会わせてあげるから」

 笙は椅子を蹴って立ち上がると、大声で叫んだ。
「大聖さんなんか、大嫌いっだ!!」

 時間をかけて優しく育んできた想いが、そんな簡単には他人に戻れない
と激しく主張する。混乱と混沌の中、ひたひたと絶望が押し寄せてくるのを感じる。

 大聖は慈悲深くて寛大な恋人だった。いつも、ありのままの笙を受け入れて
くれた。笙はそれに甘えてばかりいた。それがこんな形でしっぺ返しされるとは――。

 大聖の発病で、二人が積み重ねてきた愛情と信頼はあっけなく消え去って
しまったのだ。これは、大聖の優しさや包容力に甘えてきたツケだ。
罰は甘んじて受けるしかない。


 由美は献身的に大聖の看病をしていた。由美の様子を見ていれば、大聖の
体調が悪いことも、治療があまりうまくいっていないことも、手に取るように
わかった。笙は由美の負担を減らそうと、それまで無関心だった家事を
積極的に手伝うようになった。

 泉川公章はもちろん、神崎美耶子も、そして坂本や正木も、大聖と笙の
関係を知るすべての人が、笙を案じてくれた。だが、皆に優しくされれば
されるほど、惨めになっていく。笙は、なぜ大聖が自分を遠ざけたのか
わかるようになった。

 音と戯れることで、笙は、かろうじて自分を保つことができた。音の世界に
ダイブすれば、あらゆる苦悩から解放される。笙の音は、痛々しいほどに
磨きがかかり、研ぎ澄まされていった。

 凛々花の誘いを受け、笙は年明けから6ヶ月間、ロスの大学へ語学留学する
ことにした。これまでにも何度か誘いを受けていたが、大聖の傍を離れたく
ない一心で断ってきた。

 だが、今度は迷わず行くことに決めた。日本に居たら、大聖の病室に押し
かけてヒステリックに泣き叫びそうで怖かったのだ。距離と時間をおけば、
冷静に自分の気持ちと向き合えるだろう。もう精神的に限界だった。

 本来なら留学にはもっとも反対するであろう母親は、夫からプレゼントされた
トイプードルに夢中で、以前ほど笙を束縛しなくなっていた。笙は、凛々花の
屋敷にホームステイしながら、彼女の3枚目のアルバム制作に参加した。

 笙にとって、唯一、大聖と繋がる細い糸は、正木幸宏だった。坂本の恋人で
ある彼は、週に一度メールで、坂本を通して手に入れた大聖の情報を知らせてくれた。
その、実にさり気なく自然な気遣いが、笙には本当にありがたかった。

 大聖は、長く疎遠になっていた実母と、発病をきっかけに和解した。正式に
所属事務所社長の小早川夫妻と養子縁組もした。これまで実の母親以上に愛情を
注いでくれた由美に報いたかったからだ。

 薬の副作用で髪がごっそり抜け落ち、猛烈な吐き気、高熱や下痢、口内炎に
悩まされていたが、『花睡』を演じきるまでは死にたくないと、懸命に病気と闘った。
それが辛い治療に耐えるためのたった一つの希望だった。

 時折ふと、笙のことを思い出した。しかし、今の自分が笙にしてやれることは
何もないと自嘲した。そして一日も早く、笙が音楽的パートナーである凛々花と
幸せになってくれることを願っていた。

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