ライオン・98

 映画は大聖の体力が戻るのを待って、季候の良い4月中旬にクランクインした。
撮影スケジュールも、大聖の身体に負担がかからないよう、ゆったりと組まれていた。

 笙は、監督に何度もダメ出しをされながらも歯を食いしばって頑張った。
初めて『花睡』を読んだとき、さっぱり理解できなかった緻密な心理描写も、
「切ない想い」や「純愛」も、今なら理解できた。大聖も、素人同然の笙を
上手くリードし、巧みに演技を引き出してくれた。

 神崎美耶子の言った通り、『花睡』は、笙が成長した今、制作されるべき運命だったのだ。


 その日は、笙がオールアップする日だった。すべてのしがらみを捨てて
イギリスへ留学しようとする弟を兄が引き留めるが、弟はそれを振り切って
兄と決別するシーンの撮影がある。
大林監督から間の取り方から視線の動かし方まで、細かく注文があり、笙はいつに
なく緊張していた。

   「行くな! どこにも行くなっ!! 俺の傍を離れるんじゃない!!」
   「ごめんね、兄さん……」
   「許さないぞ、イギリスなんかに行ったら絶対許してやらないからな!」
   「兄さん――」
   「憎んでやる! 俺を見捨てたら一生、憎んでやるっ!!」

 大聖の血を吐くような表情に、笙は圧倒されて台詞を忘れてしまった。まるで、
大聖と別れた後、逃げるようにアメリカへ留学したことを責められているようで、
言葉が出てこない。

「ごめんなさい……」
 笙は、演技などすっかり忘れて無我夢中で大聖に抱きついた。

「バカ、違うだろ。台詞は?」
 耳元で大聖に囁かれ、ようやく笙は我に返った。

   「……それでも、僕は行くよ」

 なんとか絞り出すように台詞を言う。叱られるかと思いきや、すんなり監督のOKが出た。

「撮り直さないんですか?」
 放心したように椅子に座り込んでいる笙を横目に見ながら大聖が訊くと、監督は苦笑した。

「今のをNGにするほど、僕はバカじゃない」

 そう言って監督が見せてくれた映像は、大聖からは死角になって見えなかった
笙の表情を、しっかりと捕らえていた。

 笙は、今にも崩折れそうになりながら唇を奮わせていた。別れを告げながらも
全身で兄への思慕を訴えていた。見る者の心臓を鷲づかみにするような哀しみを纏って――。
それは息を飲むほど美しく、暴力的なまでにエロチックだった。

 大聖は、しばらくそれを食い入るように見ていたが、やがて怯えたように目を閉じた。

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